テナント京都プロデユース
事業内容 物件検索 物件募集 家主様へ リフォーム事業 開店プロデュース お問い合わせ

店長のんびり日記 2008年 11月 のんびり店長のブログ風日記です。( 仕事のお話はほとんど出てきません。)

<< 前の月   日記のバックナンバー 一覧  次の月 >>

 11月 27日 木曜日    「 南天 」



本日、写真をアップいたしました、[ 京阪三条の京町家 ]に、
綺麗な南天がすでに色付いておりました。

冬もすぐそこですね。


 11月 27日 木曜日    「 実り 」



本日は管理物件(貸家)の排水管の清掃が終わったので、
完工時の写真を撮りに、お客様のお住まいに、伺わせていただきました。

お隣さま宅に柿の木があり、柿が沢山取れたとのことで、
秋の恵みの、おすそ分けのおすそ分けを、私もいただきました。(ありがとうございます!!)

お隣様とご近所付き合いを、ちゃんとしていただいているのがよくわかりまして、
管理人としましては、大変、安心いたしました。


 11月 26日 水曜日    「 松原橋から 」



私のメインブリッジ???の松原橋からの鴨川と比叡山でございます。

いつも車か自転車で、急いで通り抜けるだけなので、
たまには、のんびりと歩いてみたものです。



 11月 20日 木曜日    「 京都紅葉レポート(4) 」



いつもの定点観測の紅葉レポート。
ついに、今、最高です!!



 11月 19日 水曜日    「 枯葉 」



今日の京都は、強い冷たい風が吹く、肌寒い一日でした。
歩道には落ち葉が舞っておりました。



 11月 18日 火曜日    「 なぞなぞ(4) 」



いつものの、なぞなぞ居酒屋べっぴんや様の、なぞなぞでございます。
難しくて、寝れなくなりそうです、、、



 11月 17日 月曜日    「 silhouette 」




フィギュアGPフランス杯、浅田真央選手(愛知・中京大中京高)のシルエット=16日、パリ
(ロイター - 2008/11/17 からのyahoo newsへの配信)

あまりにも綺麗なので、日記として残させていただくことにしました。
"影"ではなく、"シルエット”と表現したい一枚です。


 11月 15日 土曜日    「 トーキング? 」



本日は、日曜出勤の代休をいただきまして、
昔のMTBチームのメンバーと、同窓会ツーリングに行かせてまいりました。

写真は、その花背の山々でございます。
(携帯のカメラで残念。)


走る時間より、しゃべる時間のほうが長く、
MTBツーリングというより、MTBトーキングといったかほうがよかった一日でした、、、(笑)


 11月 14日 金曜日    「 堀川通り 」



堀川通りの銀杏並木、
種類によってか、色付きはまちまちでございます。



 11月 13日 木曜日    「 sunlight yellow 」



銀杏の黄色は、太陽のエネルギーのようです。
今日の紫明通りより、



 11月 12日 水曜日    「 高野 」



本日の高野の街路樹でございます。
美しく、つい立ち止まってしまいます。



 11月 10日 月曜日    「 野いちご 」



昨日は日曜日でしたので、ショップのMTBツーリングに、
朝から参加させていただいておりました。

写真はコースの最後に、野いちごが群生していたところでございます。
えー歳したおっさんが、野いちご摘みにいそしんでおりました。(笑)


午後からは、一転して、大都会大阪へ主張でして、
大阪で一泊して、今朝、大阪から京都へ出勤いたしました。

遊びも仕事も結構ハードな私でございます。


 11月 7日 金曜日    「 ひなたぼっこ 」



本日、採寸の立会いでご案内させていただきました、
祇園町南側の店舗の窓から見た、祗園甲部歌舞練場の裏庭でございます。

猫が気持ちよさそうに、ひなたぼっこしておりました。
半野良なのかな〜?


 11月 6日 木曜日    「 京都紅葉レポート(3) 」



いつもの定点観測の紅葉レポートです。
市中は、あと一歩といったところですね。

例年、ここからは、あっという間に紅葉が進んでいきます。


 11月 5日 水曜日    「 オバマ次期米大統領に 」



アメリカ大統領選挙、オバマ氏の圧勝。初めての黒人大統領へ、

< 以下 地元イリノイ州シカゴの公園で約20万人を前に行われた、オバマ次期大統領の勝利演説全文 >

シカゴのみなさん、こんばんは。

アメリカは、あらゆることが可能な国です。それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。

この国が見たこともないほどの大行列が今日、あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。並んだ人たちは3時間も4時間も待っていた。人によっては生まれて初めての経験でした。今度こそは違うと信じたから、今度こそ自分たちの声が違う結果を作り出せると信じたから、だからみんな並んだのです。そしてそうやって並んだ人たちが今夜、疑り深い人たちに答えを示したのです。

老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の集まりだったこともないと。私たちは今までずっと、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)だったのです。

私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。

ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日と言うこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。

先ほど少し前に、マケイン上院議員から実に丁重な電話をいただきました。マケイン議員はこの選挙戦を長く、激しく戦ってきた。しかし議員はそのずっと前から、愛するこの国のために、もっと長くもっと激しく戦った人です。マケイン氏がこの国のために払ったすさまじい犠牲のほどを、私たちのほとんどは想像すらできない。勇敢で、わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインというリーダーがこれまで国のために尽くし、働いてくれたおかげで、私たちの世界はより良いところになりました。

私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています。

これまでのこの旅路を共にしてくれたパートナーに感謝したい。彼は心を尽くして戦い、(ペンシルベニア州)スクラントンの街で一緒に育った人たちのために語ってきた。デラウェアの自宅に電車で帰る際、一緒に乗り合わせる人たちのために戦ってきた。アメリカの次期副大統領ジョー・バイデンに、私は感謝したい。

そしてこの国の次のファーストレディ、ミシェル・オバマ。彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、礎となって家族を支えてくれた彼女が、私にとって最愛の彼女がいなければ、私は今夜ここに立っていません。

サーシャとマリーヤ。君たちにはちょっと想像もつかないほど、お父さんは君たちを愛しているよ。君たちふたりもがんばったから、約束した通り、ホワイトハウスには、新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。

祖母はもうこの世にはいませんが、いま見守ってくれているはずです。私という人間を作り上げてくれたほかの家族と一緒に、祖母は見守ってくれています。今夜ここに家族のみんながいたらいいのに。それは少し寂しい。両親や祖父母が私に与えてくれたものは、あまりに計り知れない。妹のマヤ、姉のアルマ、そして兄弟や姉妹全員に。これまで支えてくれて本当にありがとう。みんなに感謝します。

選対責任者のデビッド・プラフに。この選挙戦の縁の下の英雄。アメリカの歴史でおそらく最高の選挙運動を設計したデビッド・プラフに、感謝したい。

そして戦略責任者のデビッド・アクセルロッドに。最初からいついかなるときもずっと一緒に歩いてくれた彼に、感謝したい。

このために集められた、政治史上最高のチームに。この結果はみなさんのおかげです。この結果を生み出すために、みなさんはたくさんのことを犠牲にしてきた。私はみなさんにいつまでも感謝し続けます。

けれどもほかの何を差し置いても、今夜のこの勝利が真に誰のものなのか、私は決して忘れません。この勝利は、みなさんのものです。みなさんのものなのです。

大統領の職を目指した人たちの中で、私は常に決して有力候補ではなかった。最初からたくさんの資金があったわけでもなければ、大勢の後援を受けていたわけでもありません。私たちの選挙戦はワシントンの広間で始まったわけではない。この選挙戦は(アイオワ州)デモインの裏庭で始まった。(ニューハンプシャー州)コンコードの居間で始まった。(サウスカロライナ州)チャールストンの玄関ポーチで始まったのです。この選挙戦は働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったものです。

若者は無気力だという神話を拒絶した若者たちが、給料の少ない、そして睡眠時間のもっと少ない仕事に自分を捧げるため、家と家族から離れて参加してくれた。だからこの選挙戦はますます力をつけたのです。

あるいはそれほど若くない人たちから。凍てつく寒さと焼け付く暑さにもひるまず、家から家へと赤の他人のドアをノックしてくれた人たちから力を得ました。ボランティアとなって組織を作って活動した、何百万人というアメリカ人から力を得ました。建国から200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政府はこの地上から消え去ってはいないのだと証明してくれた、そういう人たちから力を得たのです。

これはみなさんの勝利です。

それに、みなさんがこの選挙に参加したのは、ただ勝つためではないと分かっています。ただ私のために参加したわけでもないことも、分かっています。今晩みんなでこうやって祝いながらも、私たちは承知しているからです。明日から私たちは、この時代最大の課題に、次々と取り組まなくてはならない。ふたつの戦争。危機にさらされる惑星。100年来で最悪の金融危機。

今夜ここにこうして立つ今も、私たちは知っています。イラクの砂漠でいま目覚めようとする勇敢なアメリカ人たちがいることを。アフガニスタンの山岳で目覚めるアメリカ人たちがいることを。彼らが、私たちのために命を危険をさらしていることを。

子供たちが眠ったあと、自分たちはまんじりともせず、どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、病院の請求書をどう払ったらいいのか、子供の大学進学費をどうやって貯めたらいいのか、眠れずに途方にくれている母親や父親があちこちにたくさんいることを。

私たちは、新しいエネルギーを活用しなくてはならない。新しい仕事を創り出さなくてはならない。新しい学校を造り、脅威に立ち向かい、同盟関係を修復しなくてはならない。

私たちの前には、長い道のりが待ち受けています。目の前の斜面は急です。目指すところに、1年ではたどりつかないかもしれない。大統領として1期を丸ごと使っても無理かもしれない。しかしアメリカよ、私たちは絶対にたどり着きます。今夜ほどその期待を強くしたことはありません。

みなさんに約束します。私たちは、ひとつの国民として、必ずたどり着きます。

これから先、挫折もあればフライングもあるでしょう。私がこれから大統領として下す全ての決定やすべての政策に賛成できない人は、たくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。

けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、いつも必ず同じようにやってきた。ささくれたタコだらけの手で、ブロックを一枚一枚積み上げ、レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。

21カ月前、真冬の最中に始まったものを、この秋の夜に終らせるわけにはいかない。私たちが求めていた変化は、ただこの勝利だけではありません。この勝利はただ、求めていた変化を実現させるための、そのチャンスを得たに過ぎないのです。そして以前と同じようなやり方に戻ってしまったら、変化の実現などあり得ない。

みなさんなしでは、変化は実現しない。社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、変化は実現しないのです。だからこそ私たちは今、新しい愛国心を呼び覚ましましょう。新しい責任感を呼び覚ましましょう。私たち一人ひとりがもっと参加して、もっと一生懸命努力して、自分だけの面倒を見るのではなく、お互いの面倒を見るように。

今回の金融危機から得たほかでもない教訓というのは、普通の町村が苦しんでいるのにウォール街だけ栄えるなど、そんなことがあってはならないということ。それを忘れずにいましょう。

この国の私たちは、ひとつの国として、ひとつの国民として、共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わらずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう。

共和党の旗を掲げて初めてホワイトハウス入りしたのは、この州の人でした。そのことを思い出しましょう。共和党とは、自助自立に個人の自由、そして国の統一という価値観を掲げて作られた政党です。そうした価値は、私たち全員が共有するものです。そして民主党は確かに今夜、大きな勝利を獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、そして決意を持って、この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです。

かつて、今よりもはるかに分断されていた国民にリンカーンが語ったように、私たちは敵ではなく友人なのです。感情はもつれたかもしれないが、だからといってお互いを大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。

そして私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領にも、なるつもりです

この国から遠く離れたところで今夜を見つめているみなさん。外国の議会や宮殿で見ているみなさん、忘れ去られた世界の片隅でひとつのラジオの周りに身を寄せ合っているみなさん、私たちの物語はそれぞれ異なります。けれども私たちはみな、ひとつの運命を共有しているのです。アメリカのリーダーシップはもうすぐ、新たな夜明けを迎えます。

この世界を破壊しようとする者たちに告げる。われわれはお前たちを打ち破る。

平和と安全を求める人たちにお伝えします。私たちはみなさんを支援します。そしてアメリカと言う希望の灯はかつてのように輝いているのかと、それを疑っていたすべての人たちに告げます。私たちは今夜この夜、再び証明しました。この国の力とは、もてる武器の威力からくるのでもなく、もてる富の巨大さからくるのでもない。この国の力とは、民主主義、自由、機会、そして不屈の希望という私たちの理想がおのずと内包する、その揺るぎない力を源にしているのだと。

それこそが、アメリカと言う国の素晴らしさです。アメリカは変われるという、まさにそれこそが。私たちのこの連邦は、まだまださらに完璧に近づくことができる。私たちがこれまで達成してきたことを見れば、これから先さらに何ができるか、何をしなくてはならないかについて、希望を抱くことができるのです。

今回の選挙には色々な「史上初」があり、これから何世代にもわたって語り継がれるいろいろな物語がありました。けれども私が今夜なによりも思い出すのは、アトランタで投票したひとりの女性の物語です。彼女はほかの何百万というたちと同様に、この選挙に自分の声を反映させようと行列に並びました。ただ1つだけ、ほかの人と違うことがあります。アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。

奴隷制が終ってから一世代後に、彼女は生まれました。道路を走る自動車もなければ、空を飛ぶ飛行機もなかった時代です。その時代、彼女のような人はふたつの理由から投票できなかった。女性だから。そして皮膚の色ゆえに。

さらに私は今晩、アメリカで生きた100年以上の間にクーパーさんが目にした、ありとあらゆる出来事を思っています。心を破られるほどの悲しみ、そして希望。困難と、そして進歩。そんなことはできないと言われ続けたこと。にもかかわらず、ひたむきに前進し続けた人たちのこと。あのいかにもアメリカ的な信条を掲げて。Yes we can。私たちにはできる、と。

女性は沈黙させられ、女性の希望は否定されていた時代にあって、クーパーさんは生き続け、女性が立ち上がり、声を上げ、そしてついに投票権に手を伸ばすのを目撃したのです。Yes we can。私たちにはできるのです。

アメリカの大草原に絶望が吹き荒れ、大恐慌が国を覆ったとき、クーパーさんは「新しい契約(ニュー・ディール)」と新しい仕事と新しく共有する目的意識によって、国全体が恐怖そのものを克服する様を目撃しました。Yes we can。私たちにはできるのです。

この国の湾に爆弾が落下し、独裁が世界を支配しようとしたとき、時の国民が立ち上がり、偉業を達成し、そして民主主義を救うのをクーパーさんは見ていました。Yes we can。私たちにはできるのです。

クーパーさんは(人種隔離政策が行われていたアラバマ州)モンゴメリでバスが黒人を差別するのを知り、(同州)バーミングハムで警官が消火ホースの水でもって黒人を抑圧するのを知り、(流血のデモ行進が行われた同州)セルマの橋を知り、そしてアトランタからやってきた牧師と時代を共有しました。アトランタからやってきたその牧師は人々に「We shall overcome(私たちは克服する)」と語った。Yes we can。私たちにはできるのです。

人が月面に着陸し、ベルリンでは壁が崩壊し、われわれの科学と想像力によって世界はつながりました。

そして今年、この選挙で、彼女は指でスクリーンに触れ、そして投票したのです。なぜならアメリカで106年生きてきて、幸せな時代も暗い暗い時代もこのアメリカでずっと生きてきて、クーパーさんは知っているからです。このアメリカと言う国が、どれほど変われる国なのか。

Yes we can。

アメリカよ、私たちはこんなにも遠くまで歩んできました。こんなにもたくさんのことを見てきました。しかしまだまだ、やらなくてはならないことはたくさんあります。だから今夜この夜、改めて自分に問いかけましょう。もしも自分の子供たちが次の世紀を目にするまで生きられたとしたら。もしも私の娘たちが幸運にも、アン・ニクソン・クーパーさんと同じくらい長く生きられたとしたら。娘たちは何を見るのでしょう? 私たちはそれまでにどれだけ進歩できるのでしょうか?

その問いかけに答えるチャンスを今、私たちは手にしました。今この時こそが、私たちの瞬間です。

今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。

Yes we can。

ありがとう。神様の祝福を。そして神様がアメリカ合衆国を祝福しますように。

私個人の日記として、どうしても残しておきたかったすばらしい演説だったので、
gooサイト様より転機させていただきました。

私は、何年後かに、どのような気持ちで、この日記を振り返るのでしょう。


 11月 4日 火曜日    「 いよいよ 」



アメリカ大統領選挙、いよいよ投票が始まりました。

世界経済の破綻への真っ最中の、大統領選挙。
次期大統領の経済政策は、世界を変える可能性があります。(良くも悪くもです。)

目が離せません。


 11月 3日 月曜日    「 市内最速の不動産屋 」



私の、街乗りのシングルロードです。
ピストじゃないですよ。あくまでロードです。解ります?

表題の「市内最速の不動産屋」って、「情報」や「仕事」ではありません、、、、
「A地点からB地点への移動」がです、はい、、、(笑)

市内は自転車が一番早いですね!!



 11月 1日 土曜日    「 なぞなぞ(3) 」



恒例の、なぞなぞ居酒屋べっぴんや様の、なぞなぞです!!
これは、難しい〜〜

どなたか、解ります〜〜???




<< 前の月   日記のバックナンバー 一覧  次の月 >>


Copyright (c) Tenant-Kyoto All rights reserved.